ヤギ先生の高校地理教室

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【ノート】F4.国家・民族紛争と領土問題②「世界の民族・領土問題」(系統地理ラスト)

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《世界の民族・領土問題》  COMPLETE p.224,225

[1]民族の対立と融和

 ① 世界の国々は、その多くが複数の民族からなる多民族国家 (複合民族国家)

 ② 多民族国家では、民族間の対立を反映して深刻な民族対立が発生していることが多い

 ③ 民族対立の理由はさまざまであるが、少数民族に対する差別や弾圧などが中心

   …民族対立の激しい国は、中国スリランカキプロス・マレーシア・アフリカの複数の国など

 ④ 一方、多民族国家でありながら民族間の対立がほとんどなく、国家の政治的安定が維持されている国もある。…スイス・ベルギー・シンガポールなど

  ⇒ これらの国では、少数民族の文化的多様性と自立を認め、多民族間の融和政策を積極的に推進している。  (連邦制を採用していることが多い)

 

[2]多文化主義

 ① カナダやオーストラリアは「多文化主義政策」を推進…先住民族の文化を積極的に受容

 ② カナダは、多文化主義政策を背景に多くの移民を積極的に受け入れている。

 

[3]世界のおもな民族問題や紛争地域

【アジア】

南沙群島 (スプラトリ諸島)問題南シナ海南部に位置する南沙群島(スプラトリ諸島)は、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシアなどが領有権を主張している。従来から防衛上の重要海域であったが、海底油田ガス田の存在が明らかになって以降、よりいっそう緊張が高まっている。とくに中国が強硬な姿勢で人工島の建設をおし進め、実効支配を強めてきたことがほかの国々とのみぞを深める原因になった。2016年には、国際仲裁裁判所が南シナ海の領有に関する中国の主張を否定する判決を下したが、これに対して中国は強く反発している。

東ティモール独立紛争ティモール島は19世紀半ばにポルトガルとオランダが分割領有。第二次世界大戦中は日本が占領。1945年、オランダ領であった西半部はインドネシア領となった。東半部はポルトガル領となったが、1974年ポルトガルが放棄、独立を宣言したが1976年インドネシアが併合。独立運動が進められ、1999年にはインドネシア軍が介入し、紛争が激化した。国連の暫定統治を経て2002年独立。

ブミプトラ政策(マレーシア)…マレー人優遇政策。中国系マレーシア人に対して、比較的劣位にあるマレー人の政治的・経済的・社会的地位の向上をめざす。経済的な実権をもつ中国系マレーシア人の中にはこの政策に不満をもつ人が多く、しばしば対立する。

カシミール 問題…1947年のインド・パキスタンの分離独立に際して、カシミールの帰属をめぐって引きおこされたインド・パキスタンの国境紛争。旧イギリス領インドからの独立の際、ヒンドゥー教徒であるカシミール藩王のインド帰属決定に対し、住民の大半を占めるイスラム教徒が反乱をおこした。これを機にインド・パキスタン両国が出兵、インド=パキスタン戦争に発展した。その後も紛争が続き、領国の核保有問題も絡んで、南アジア地域の不安定要因の1つとなっている。

シク教徒独立問題シク教徒が多いインド、パンジャブ州で、急進派がシク独立国設立を求める反中央政府闘争を展開。

スリランカ民族紛争…多数を占める仏教徒のシンハラ人政府に対して、少数派ヒンドゥー教徒のタミル人勢力が分離独立を求めた紛争。イギリス植民地時代にタミル人が優遇され、独立後はシンハラ優遇政策がとられたことに起因する。1983年に内戦が始まり、2009年に終結

アフガニスタン内戦(1979~2001年)…1979年左翼政権の存立を図るため旧ソ連軍が侵攻。1989年、旧ソ連軍の撤退後も内戦が激化。1996年タリバン政権樹立、イスラーム法による支配を進めた。同時にイスラーム過激派勢力が増加。2001年9月11日同時多発テロの報復として、米・英軍が侵攻。反政府運動も加わってタリバン政権は崩壊、暫定政権が成立。2004年に憲法制定、新政権発足。2011年、米軍撤退開始。政情は不安定。主産業は農業と遊牧だが、内戦と空爆で壊滅状態となった。

イラン・イラク戦争(1980~1988年)…1980年、イランとイラクの国境紛争に端を発した戦争。イラン革命の混乱に乗じて、イラクがイランに侵入することで始まった。国境となっているシャトルアラブ川の帰属をめぐる問題が、直接的な原因。イラン政府がシーア派イラクフセイン政府がスンナ派であったことや、クルド人問題も絡んで紛争を複雑にした。1988年に休戦が成立した。

クルド民族紛争(1945年~)…トルコ、イラク、イラン、シリアなどにまたがる山岳地域に生活する、3000万人ともいわれる国家をもたないクルド民族の民族統一独立運動

パレスチナ問題(中東戦争)(1948年~)パレスチナに建国したユダヤ人国家イスラエルと、追放されたパレスチナ人およびそれを支援するアラブ諸国との対立・抗争。

・1948年のイスラエル建国以来、4回に及ぶイスラエルアラブ諸国の戦争。

・1947年 国連はパレスチナユダヤ人国家とアラブ人国家に分割、エルサレムを国際管理下におくというパレスチナ分割案を決議したが、アラブ諸国は拒否。翌1948年イスラエルが建国、第1次中東戦争が勃発。結果、イスラエルは分割案よりも広い領土を支配し、多くのパレスチナ難民が生じた。

・1956年 第2次中東戦争…エジプトのスエズ運河国有化に端を発したイギリス・フランス・イスラエルとエジプトとの戦争。

・1967年 第3次中東戦争…エジプト・シリア・ヨルダンとイスラエルとの戦争。イスラエルゴラン高原ヨルダン川西岸地区ガザ地区シナイ半島(1982年エジプトに返還)を占領した。占領地の拡大によってさらに多くのパレスチナ難民が生じた。

・1973年 第4次中東戦争第3次中東戦争で敗退したアラブ諸国が巻き返しを図った戦争。アラブ側は原油値上げ戦略をとり、石油危機(オイルショック)の要因となった。

【用語】PLO (パレスチナ解放機構 )イスラエルによるパレスチナ占領や入植に対し、アラブ連盟が1964年に創設。パレスチナ難民の祖国復帰、アラブ人によるパレスチナ国家の再建をめざす組織。1993年、イスラエル政府との間で相互認定を行い、パレスチナ暫定自治協定に調印、ヨルダン川西岸地域及びガザ地区自治政府を組織することが認められた。

シリア内戦(2011年~)…一党支配(アサド政権)に対する反政府デモに反政府勢力や一部武装勢力なども参加して、暴力的衝突に発展。外国が反体制派を支持するなど紛争は広がり、多くの難民が流出。

キプロス問題…1960年、「キプロス共和国」としてイギリスから独立。1963年におこったトルコ系住民とギリシャ系住民との対立が、64年に内戦に発展した。1974年、ギリシャ軍事政権の支援を受けたギリシャ併合派のクーデタがおきると、トルコ系住民保護を理由にトルコ軍が侵攻。1983年、国土の約3分の1を占めると北部に「北キプロストルコ共和国」の独立を宣言した。トルコ系住民のほとんどが「北キプロス」に居住、ギリシャ系住民は南部の「キプロス共和国」に居住している。現在、国連とEUには「キプロス共和国」だけが加盟している。現在再統一への交渉が進められている。

 

【アフリカ】

ルワンダ内戦(1990~94年)…多数派フツ人の政府軍と民兵組織、少数派ツチ人のルワンダ愛国戦線との間で行われた内戦。もともとフツ人もツチ人も古くから同じ地域に住み、同じ言語を話す人々で、その違いはフツ人が農耕民、ツチ人が牧畜民である。植民地時代に、ベルギーからの独立後、対立が続いていたが、とくに1973年、クーデタでフツ人が政権をとると、ツチ人の難民が増加。1994年、飛行機事故によるフツ系大統領の死亡をきっかけに、フツ人がツチ人の大量虐殺を行った。ルワンダ愛国戦線により内戦は終結したが、報復をおそれるフツ人は多数隣国へ難民として流出した。ルワンダのツチ人とフツ人との対立は、隣国のブルンジコンゴ民主共和国でも内戦に発展した。現在では復興が著しく、ルワンダは「アフリカの奇跡」といわれる。

ソマリア内戦(1991年~)…「アフリカの角」と呼ばれる地域での内戦。植民地時代、北部はイギリス、南部はイタリアに支配されてきた。1960年、単一国家として独立、冷戦時代は米ソ間の駆け引きの舞台となった。冷戦後の1991年以降、氏族・宗派などを核にした武装勢力が全土に割拠し、事実上の無政府状態になった。国連はPKO(平和維持活動)のため、アメリカ軍を主体とした多国籍軍を派遣したが失敗し、撤退した。2006年、エチオピアの支援を受けた暫定政府が首都を制圧。2012年、ソマリア連邦共和国政府が発足した。しかし、その影響は南部地域に限られ、北東部は1998年に自治領宣言したプントランド、北部は1991年に独立宣言したソマリランド共和国が実効支配している。

ダールフール紛争(スーダン)(2003年~) スーダン西部のダールフール地方で勃発。2003年、政府支援のアラブ系民兵と非アラブ系の反政府勢力との対立が激化し、内戦へ発展した。この内戦で非アラブ系住民に多大な被害が生じ、多くの難民や死者が出た。そのため、AU(アフリカ連合)と国連がPKO(平和維持活動)の派遣を行ったが、紛争は依然として続いている。水資源や土地問題に加えて、石油資源の利権などが問題を複雑化している。

コンゴ内戦…1885年からベルギー植民地、1960年にコンゴ民主共和国が独立。独立直後にコンゴ動乱が発生した混乱が続いた。1971~97年国名をザイールに改称、97年の政変で現国名に戻す。1998年、東部地域で反政府運動が激化、ルワンダアンゴラなどの周辺諸国を巻き込んだ内戦が2002年まで継続。和平が成立したが、政情は不安定。

ビアフラ戦争(ナイジェリア)(1967~70)…民族集団の対立から生じた内戦。1967年、イボ人がナイジェリアから分離・独立してビアフラ共和国の樹立を宣言したことに端を発し、イギリス・旧ソ連に支配されたハウサ人・フラベ人・ヨルバ人を中心とする連邦政府と、フランス・南アフリカの援助を受けたイボ人との間で内戦がおこった。1970年、イボ人の敗戦によって終結したが、多数の餓死者や死傷者が出た。ナイジェリア内戦ともいう。

アパルトヘイト(~1991年)南アフリカ共和国で行なわれた極端な人種差別政策。人口の約18%を占めるにすぎない白人が、黒人や混血のカラード・インド人などの住民に対して政治・経済・社会のあらゆる分野で差別を行ってきた。黒人の抵抗運動、国際連合からの廃止勧告、経済制裁を受け、アパルトヘイトを支えてきた各種法律が1980年代後半から1991年にかけて廃止された。1994年、全人種参加の議会選挙が行なわれ、ネルソン=マンデラが大統領に就任し、南アフリカ共和国初の黒人政権が成立した。

 

【ヨーロッパ】

北アイルランド紛争(1969~98年)アイルランドは1937年、イギリスから自治領として独立した(完全な独立は1949年)。その際、スコットランドなどからの移民の多い北部6州は、イギリス領として残された。その北のアイルランドで、アイルランドへの帰属を望むケルトカトリック住民と多数を占めるイギリス系プロテスタント住民との対立がおこった。対立は激化し、アイルランドIRA(アイルランド共和軍)とプロテスタント系の過激派の間でテロが繰り返された。1998年に当事者間で和平合意が成立し、北アイルランド自治政府が発足した。のち一時凍結されたが、2005年IRA武装解除し、2007年自治政府が復活した。

バスク民族主義運動(スペイン)イベリア半島北部、ビスケー湾に面しスペインとフランスの国境地帯の地方名。バスク語を話しカトリックを信仰する民族が生活する。ビルバオ周辺では豊富な鉄鉱石が発見され、製鉄と造船業を中心に栄えてきた。スペイン・フランスに居住するバスク人は統一をめざし、バスク独立運動を展開。スペインではバスク人自治が認められ、バスク自治州がおかれている。

カタルーニャ独立運動…スペインからのカタルーニャ州(州都バルセロナ)の独立を目指す政治運動である。スペイン中央政府カタルーニャ民族を軽視するような言動を繰り返したこと、カタルーニャ州が税金として支出する金額とスペイン中央政府から還元される金額に大きな隔たりがあることの2点が理由で2010年代に独立運動が盛んになった。

ベルギーの言語紛争…ベルギー北部のオランダ系フラマン人と南部のフランス系ワロン人との対立。フラマン語はゲルマン語派に属する言語。ワロン語ラテン語から派生したレートロマン語の1つ。ワロン地域ではフランス語が使用されている。南部の石炭産業の斜陽化も対立の要因の1つであった。問題解決のために、ベルギーはフラマン語・フランス語・ドイツ語の3言語共同体、フランデレン(フラマン)地域・ワロン地域・ブリュッセル地域の3地域の連邦制をとり、各共同体・地域に大幅な自治を認めている。

コソヴォ自治問題セルビア共和国(セルビア正教)の南西部に位置するコソヴォ自治州では、イスラム教徒のアルバニア系住民が多数派を占める。1990年、分離独立を宣言したが受け入れられず、コソヴォ紛争にまで発展した。2008年2月にも、コソヴォセルビアからの独立を宣言している。

チェチェン紛争チェチェン共和国ロシア連邦北部のカフカス地方に位置し、コーカサス諸語を話すイスラム教徒が多く居住する国。19世紀、ロシア帝国に支配されて以来、ソ連支配時代も含め独立運動を継続、また集団化や信仰の抑圧に対しても激しく抵抗した。1991年、ソ連崩壊に際してチェチェンは独立を宣言するが認められなかった。1994年、独立の動きを阻止するためにロシア軍が侵攻し、首都グロズヌイは壊滅的な被害を受け、ロシア軍が占拠(第1次チェチェン紛争)した。1999年、ロシア軍は再びグロズヌイを攻撃し、多数の民間人が犠牲となった(第2次チェチェン紛争)。一方、武装勢力もテロ活動を一層激化させ、モスクワ劇場占拠事件(2002年)、学校占拠事件(2004年)などを引きおこした。

 

アメリカ】

ケベック独立問題(カナダ)…フランス系住民が約8割を占めるカナダのケベック州の分離・独立を求める運動。2度の住民投票では反対がわずかに多く否決された。州都はケベックで、最大の都市はモントリオール

フォークランド(マルビナス)諸島領有問題…アルゼンチンの東約500kmの大西洋上に浮かぶイギリスの自治領。アルゼンチン側の呼び名はスペイン語マルビナス諸島。イギリスとアルゼンチンとの間で領有権をめぐって対立がおこった。国連で解決を図ったが、1982年にアルゼンチン軍が侵攻、約10週間占拠したが、イギリスが奪還した(フォークランド紛争)。領国の国交が回復したのは1990年だが、領有権問題は棚上げにされている。

 

オセアニア

白豪主義…「白人だけのオーストラリア」をめざした政策。中国人などの移民が増加する19世紀中頃から、ヨーロッパ系住民の生活水準維持のため移民制限法が実施され、白豪主義政策が決議された。しかし、1970年代に労働力不足やイギリスのEC加盟などを背景にアジア・太平洋地域とのつながりを密接にもとうとする政策がとられ、1979年に廃止された。現在は多文化主義への指向を強めている。